2007/06/27

占いを信じますか?

占い師の 言葉受けざりし 遠き日の 友はその後 いかに暮らすらむImage001_23

もう記憶もちょっと薄れているけど、宜保愛子さんより前に霊能力と占い師で売り出した藤田小乙女さんという方がいた。多分、記憶に残っている方もいることと思う。政財界の人達や、名の知れている人々がこぞって占ってもらっていたから・・・・・・・

その小乙女さんが、ハワイで息子さん共々殺されたというショッキングな事件が当時を賑わした。占いとか霊とか端から信じていなかった私だが、自分の人生は見えなかったのだろうかと占いというものを垣間見た様な気がした。

Image003_3 遠い遠い日のことなのに、占いと言えば鮮やかに蘇る思い出がある。当時20歳の学生だった私は、岐阜県は高山出身の方と下宿屋の一室で起居を共にしていた。その下宿屋には社会人もいて、サラリーマン生活を聞いたり見たりして皆さんと親しくなった。ある時、その中の一人が地域のお祭りに誘ってくれた。私と同室の学生と3人で宵の街に出かけた時のこと。夜店の並ぶ一角に、手相判断の占い師がいた。占い師が「手を出してごらん。見てあげるから」というので、興味津々で3人とも手を出した。私に対しての占いの中に「貴方は、将来親を看るでしょう」との文言があった。1つ違いの弟がいた私は、長男としての日頃の両親の接し方に「それは違っています。弟が看ることになっています。」とむきに返した覚えがある。でも後に、思いがけないことで弟が亡くなり、今になってみればその易者の言ったことは全く当たったことになる。

自分のことより気になったのは、その社会人の男性のこと。その占い師がひととおり手相を見た後「この3人の中に、今すぐでも心配で声を掛けてあげたい人がいる。」とのたまった。そう言われれば気持ちが悪い。一瞬男性の顔が変化した様な気がして、私と同室の学生は「この人のことだな」とすぐわかった。易者は、もっと知りたいなら料金がかかると言う。男性が「もうこれ以上必要ないです。」と我々を促して去ろうとした時、易者が歩み寄って来て「貴方、本当に大丈夫?」とその男性に声を掛けた。我々は、その男性に心揺らぎが感じられて、他人のことながらとても気になった。でも今となっては学生の我々にはお金がないと判断した、たくましき商魂だったのかな。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」

占いを信じないとはいえ、「貴方は短命です。」なんていわれれば気分がよくないもの。だから、占いや霊能力の類は近づかないようにしている。遊び感覚で占いをするのはいいとしても、人生の一大事は自分でしっかりとみきわめたいと私は思っている。006_1 ハブランサス 

| | コメント (19) | トラックバック (3)