2007/05/25

友と紅茶

パートより 帰りて紅茶と パンを食む 遅き昼餉を わがくつろげり

001 019 母と同居するようになってからは、朝晩もっぱら緑茶を楽しむようになった。それと同時に、若い頃は敬遠していた羊羹の味もわかるようになってきた。年を取るということは、何かが少しずつ変わってきているのかも知れない。

今時珍しいかもしれないが、わが家は余りコーヒーを好まない。私は、嫌いではないが家族が飲まないので頂き物が手をつけずに置かれている程度で自分からは買わない。コーヒーはもっぱら外出先で知人や友と過ごす時に嗜むものと決めている。

018 022 私が紅茶を好きになったのは、多分に友のお陰かも知れない。彼女は現在、静岡に在住しているが、卒業以来一度だけ私に会いに来てくれたことがある。それももう三十年以上前のことだ。両親に反対されて結婚に悩んでいた私を励ましに来てくれたのである。仕事を辞めてパート勤めに出た私に、友はある時紅茶を送ってくれた。何故、紅茶だったのか聞いたことはないけど、当時の私はすごく嬉しかった。パートを終えてくると午後一時頃だったので、頂いた紅茶にレモンを入れて遅い昼食のパンを千切りながら食べたものである。その時の開放された気持ちとくつろぎ。紅茶入れもあれこれ考えたりして・・・・・飲みつつ、本のページをひもといたり・・・・時に友のことを思ったり・・・・・・・感謝の手紙を書いて、上の短歌を添えた。それからが大変。私の喜びが伝わったのか友は、毎年夏と冬にありとあらゆる種類の紅茶を届けてくれたのである。もう、売るくらいたまってしまい、断るにも何と言ったらよいか困ったものである。人にあげたりして何とか消化したけど、それ以来紅茶は私の傍らにいつもある。もう古くなってしまったが、娘が母の日に紅茶入れを何度か贈ってくれた。

友は紅茶の件を覚えているだろうか。未だに独身の友に何十年ぶりに何か送ってあげようかなと思う。若き日の感謝をこめて。雨の日の今日、紅茶を飲みつつ、友を思い出している。

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2006/08/28

子猫「殺している」・・・・?

猫好きと いふにはあらず 餌与へ 守るは生きゆく ものへの愛しみ

_141 猫は飼ったことがないけれど、わが家は野良猫の通り道になっているのかさまざまな猫が姿を現す。この写真の猫も、生まれて間もなく親から離されたのか物置と壁の間に動いていた兄弟の野良猫だ。決して猫が好きだというわけじゃないけど、いろいろ関わりがあって猫のことには敏感になっている日頃・・・・・・・・・_146

つい最近のこと、テレビから坂東真砂子、猫、殺すという言葉が台所の仕事をしている私の耳をかすめた。坂東氏は直木賞作家でもあったので何か小説の材料かなと初めは思った。でもよくよく聞いてみると何とも驚き!!

氏は、現在仏領タヒチ島に8年在住しているらしいが、日本経済新聞のエッセーに「子猫殺し」と題して掲載。それによると雌猫3匹を飼っており、子猫が生まれるたびに家の隣の崖に放り投げていると告白。「人は他の生き物に対して避妊手術を行う権利などない」「自分の育ててきた猫の生の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した」などと言う事を記したそうだ。それに対して500通を超える電子メールと約90件の電話があり、多くは「理解に苦しむ」などの批判や抗議だったという。

坂東氏は日本経済新聞社を通じて「人も動物も含めた意味で『生』、ひいては『死』を深く考えるようになった。動物にとって生きるとは何かという姿勢から、私の考えを表明した」とコメント。いろいろな人間がいるものだ。理屈ではわかる。子を身籠るという事も生きるという範疇に入るのだから、人間が避妊手術をしてその機会を奪う権利があるかと問われれば・・・・・?かといって誕生した命に対し、社会的責任を持つということは大変な事。私も野良猫に避妊手術をしたことがある。生まれた命を殺すなら、生まれないようにするべきではと思うのが一般の人の考えでは・・・・・?皆さんは、坂東氏の考えをどう思います?

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