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2007/10/22

りんどうは 野に咲き人を 押しのけず

表情なき 教師と思へど 別るる日 児童の前に 涙止まらざりき

003 2,3日前、自宅の範疇からは少し離れた隣町の病院に母の薬を取りに行った。その帰り、向かい側の歩道に渡ろうとしたら信号が赤だった。私の前に一人、青になるのを待っている人がいる。横を向いた顔を見た時「あっ」と思って一瞬逡巡したけど声をかけなかった。

もう20数年経っている。少しふっくらとしたあの頃より、ずっと細くなってジーパンの足がとても長く見えた。赤いジャンバーが白い顔に映えていた。買い物の帰りらしい。私は相手が後ろ向きなのをいいことにバックスタイルを眺めながら「しっかり主婦しているんだ」と妙に感慨深く見つめていた。

彼女は私の娘が小学校3、4年の時の担任だった。色が白くて、埴輪のような顔という印象を受けた。いつ会っても無表情で笑った顔を見たことがなかった。多分、他の母親達も同じ印象だったと思う。その頃、私は「親と子の良い映画を見る会」の事務局に関っていて上映運動を続ける中で先生方にも協力を頂いていた。「太郎せんせとわらしっ子」という実在の校長先生をモデルにした教師と子供らの絆を描いた作品の上映会の時、思い切って担任に観る事を薦めた。その映画のシーンに家庭と仕事に悩む女教師の問題が取り上げられていたからだった。多分、この先生も?土曜日だったので保育所から引き取った後、息子を見てくれる人がいないので・・・・と言う。それでは私がお守りをしましょうということで10ヶ月の赤ちゃんを負ぶった。赤ちゃんを負いながらチケットをもぎる私を仲間らは変な感じと笑ったけど、でも先生は2時間ほどをゆっくり観られたと思う。

Rindou3 後日、娘を介して丁重な感謝の手紙を頂いた。とっても美しい文字で。手紙にはとても感動したこと、仕事と家庭の両立に悩んでいたけど、あの映画を観て勇気付けられたので切れ目までは頑張ってみたいなど心情が書かれてあった。最後に「りんどうは野に咲き人を押しのけず」という俳句が心に残ったと・・・・・・・・これは和紙で作った卒業証書に太郎先生が子供たち一人一人の性格を俳句に詠んだもの。たくさんの俳句の中で私達も一番気に入ったものだ。         

先生はその後、二人目の子を身籠った時、退職された。特約で。つまり三年内に戻れば、また教師を続けていられるという約束で。でも先生は戻らず、教職を断った。時々、新聞の投稿欄に名前を見るが、三人の子に恵まれたらしい。無表情な先生だと思っていたが、子供らに別れを告げた日泣いて言葉にならなかったことを思い出す。「りんどうは 野に咲き人を 押しのけず」は先生にふさわしいのかも知れない。

秋は人を感傷にさせるらしい。思い出に浸りながら色づく街路樹の下を歩む。元先生に声をかけるべきだったろうか。

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「映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

きれいな詩ですね。私は「星野富弘氏」の詩がとても気に入っているんですがご存知でしょうか?
事故によって首から上しか動けなくなってしまった方の花の詩集です。
その中の<風の旅>に出てくる詩に、「しょうぶ」という詩があります。
 
「黒い土に 根を張り

どぶ水を吸って

なぜ きれいに咲けるのだろう

私は

大ぜいの人の 愛の中にいて

なぜ みにくいことばかり

考えるのだろう」

これは、星野氏が思い通りに動けない自分に苛立ち、そのイライラを介護する母親らにぶつけてしまう嫌な自分、それを書いたものですが私は心から離れない詩です。

記事とは少し違いますが、ちょっと思い出しましたのでコメントにしました。


投稿: 玉井人 | 2007/10/23 09:28

ミッチさんは文章を書くのがホントに上手ですね!
私もその場所にいるような感じになってしまいました。
仕事と家庭の両立はたいへんですね。娘が小学校1年の時、事務員をしていたのですが、職場に何回も電話をしてきた時がありました。夜に担任の先生から「○さんがお腹が痛そうにしていたので早引きするように言ったら、家に帰っても誰もいないから我慢すると言っていましたよ。」という電話がありました。仕事をやめたほうが・・・(はっきりそうは言いませんでしたが)のような感じのことも言われました。その女教師もしばらくして妊娠して悪阻がひどくて休む事が多くなり退職してしまいました。
私も仕事を辞めて家でしばらく内職をしました。娘は学校から帰ってくると一日あった事を全部話をしてくれました。あの時(母親を必要としている時)仕事をやめてよかったと思います。
娘は二人共明るくやさしい子に育ってくれました。

投稿: すみれ | 2007/10/23 22:38

今晩はミッチさん
今回のミッちさんの投稿、中身が深くて考えさせられました。母親が子供をさだてながら働くことの大変さや、悩みはいつの世になっても続くのでしょうね。この頃は働くことが当然のようになっていますが、
私も読みながら、仕事を辞めた先生がうらやましいような、思いになりながら でも私はこれでよかったのだと言い聞かせているところです。子供達にはさびしい思いをさせたこともあったようですが、それなりに理解してくれたようです。
三男がたびたび喘息をおこしてそのつど休んだときに、「、またお母さんに迷惑かけたね」と言われた時は言葉が詰まりましたが そのうち子供たちにそれとなく働く母親をどう思ったか聞いてみようと思っています。

投稿: 我妻ヒサ子 | 2007/10/23 23:22

子供がお世話になった先生に、たまたま偶然お見かけしても、
すぐお声を掛けやすい方と、そうでない方っていますよね。
きっと覚えていないだろうなとか、ご迷惑かな?とか、いろいろ
よぎってしまって・・・・・・・。
ミッチさんも、後から近況でも伺えばよかったかなと思われているのね。先生のお子さんを負んぶしてまで、良い映画を薦めた心優しいミッチさんの事、きっと覚えていたと思いますよ。
笑顔のなかった当時の先生も、りんどうに例えられているように
堅実な主婦として、お幸せに過ごされていることでしょう。
とってもいいお話ですね。さすがです・・・・・・。

投稿: junちゃん | 2007/10/24 22:46

★玉井人さんへ
早々のコメント有難うございます。玉井人さんは、さすがに詩人ですね。目をつけるところが違います。この「りんどうは・・・・」は、児童のなかに自分をよくわきまえ、でしゃばったりしない子がいて、その特性を詠んだものです。それぞれみんなその子にあった句が卒業証書授与の時読まれたんですが、こんな句をもらった子は幸せだなと思いました。

星野富弘さん、よく知っています。体育の授業の時、事故にあったんじゃないかしら。仙台での富弘展も行きましたし、本も持っています。もともと才能もあったんでしょうけど、不自由な身体で書いた詩と絵はとても心に沁みてきます。この詩も星野さんならではですね。そのうちぜひ、記念館に行ってみようと思っています。


投稿: ミッチ | 2007/10/25 15:33

★すみれさんへ
文章、褒めてくださって有難う。励みになります。お二人の娘さんが明るくやさしく育ってよかったですね。娘さんも寂しい時があったでしょうが、きっとその後のすみれさんのケアが良かったんでしょうね。私も仕事をしていて何度か職場に電話をもらいました。わが家の娘は精勤賞を貰う位、丈夫なんですが時には学校で保健室に行くことがあったようです。そのぐらいの熱でなんて思いましたが、そういう時は私も早退しましたね。私が勤め出した時は、精神的な不安で幼稚園に行っていた娘が、おもらしをしたこともありましたね。仕事との両立には厳しいものがありました。それにしても、すみれさんに電話してきた先生、ちょっと厭味ですね。

娘の担任は、とても綺麗になっていたので専業主婦があっていたのではと思いました。時間に余裕がなくイラつきながら教えられていたのでは児童のほうも迷惑ですね。

投稿: ミッチ | 2007/10/25 15:55

★我妻ヒサ子さんへ
このたびのコメントでヒサ子さんが少なくとも、3人の男の息子さんの母親だという事を知りました。私なんかたった一人の娘を育てるにも苦労したのに三人も男のお子さんが・・・・・・しかも定年まで勤め上げたのでしょ。もう、尊敬してしまいます。理屈抜きにその後ろ姿を見て育った息子さんらには答えが出ているのではないでしょうか。ヒサ子さんは強いんですね。これからは、思う存分旅でもして人生を楽しんで下さい。

それぞれの生き方や性格もあるのでしょうが、折角の教員免許状を生かせずに欲しいなと私は思っていました。でも久しぶりにお会いして、元先生の表情がとても柔らかく、綺麗になっているのを見て幸せなんだな、あの時辞めて良かったのかも知れないと納得がいきました。とてもきちっとした先生だったので、三人の子を育てながら、家庭と仕事をどちらもしっかりこなしていくのには無理があったのだと思いました。

投稿: ミッチ | 2007/10/25 16:14

★junちゃんへ
プロ野球のシーズンが終わり、やっと落ち着いたと思ったら鬼の霍乱とでもいうのでしょうか、風邪を引いてしまい何だか気分がすっきりせずパソコンも開かずに過ごしていました。今日は、教室でしたのでその勢いでコメント返しています。

余りに突然で、しかも20数年経っているので最初の声がけをどうしようかと迷ってしまいました。当時、私は学年委員だったので、先生の退職の時は学年の先生と家までお送りしたんですよ。あの当時は退職の先生を送るという慣わしがあったんです。今はないのかも知れません。それで朧げながら、先生の家もだいたいわかっていたんです。それにティータイムも時々投稿しているのを読んでいたので何をしているのか全く知らないという訳ではありませんでした。折角の教員免許状を生かせずもったいないと思っていましたが、今回の先生の様子から幸せそうな感じでしたので、この先生には専業主婦としての行き方があっていたのだなと納得しました。
人にはそれぞれに適った生き方があるのでしょう。ちなみに私自身も辞めてよかったと思っています。

投稿: ミッチ | 2007/10/25 16:37

おはようございます。
昨日の夕方こちらのこの記事を拝見しました。
ミッチさん、風邪の具合は如何ですか?
お大事にして下さい。
わたしのブログも、冬眠のような夏眠のような
秋眠のような感じで更新していません。
昨日、ミッチさんのこの記事を拝見しましたが、
夕食の準備の時間が迫っていたので、コメント
出来ませんでした。
でも、この話を聞いて、女性と仕事、
夢と現実、仕事と夢、色々考えさせられました。
男の人の立場だったら、夢と仕事でしょうか。
ちょっと前、好きになったフォークソングの曲で
ブレッド&バターの「あの頃のまま」を思い出し、
そして、専業主婦のままのわたしと、仕事を
考えると、ブレッド&バタ-の「あの頃のまま」の
曲の歌詞の一節ではありませんが、
≪人は自分を 生きていくのだから≫ と、
いう気持ちがします。
ミッチさんのブログ記事にはいつも考えさせられ
ます。
自分の原点に帰るような気持ちです。
埴輪のように表情のない先生だったその人が
今、幸せな感じだったのはよかったです。
添えられた赤く紅葉した木と、リンドウの花の
写真が綺麗で、目に沁みます。

投稿: 浜辺の月 | 2007/10/26 09:51

★浜辺の月さんへ
いつも丁寧なコメントを有難うございます。お陰様で風邪は大分よくなりましたが、完全に治ったとは言えない状態です。咳が止まらないのです。でも熱もなく、食欲もあるので動いています。もともとは丈夫で滅多に病気になったことないのですが・・・・・・・
月さんは共働きなさったこと一度もありませんか?結婚されてからずっと専業主婦だったの?私は、子供が入園するまでは専業主婦だったのですが、その後社会人になるまでは勤務を持ちました。だから、先生の気持ちはわかるのですがとても正直な方だったらしく子育ての疲れを授業にまで持ち込んでいたんですね。笑顔がないわけがわかりました。生身の人間と向かい合う仕事だったから大変だったと思います。お子さんが弱かったらしく保育園からしょっちゅう呼び出されていましたからお疲れのようでした。折角の教員免許状を生かされなくて無念だったろうと思いますが、人には適材適所がありますから・・・・三人の子供を温かい家庭のなかで育て上げるのが元先生には向いていたのかもね。月さんの好きなフォークソングの一節、<人は自分を生きていくのだから>そんな感じがします。二十数年ぶりに見かけた元先生がとても綺麗になり温かい表情をされているのを見て辞められたことが納得できました。

月さんの薔薇の絵拝見しましたよ。評価されてよかったですね。コメントしようと思いつつ出かけてしまったのでゆっくり伺います。

投稿: ミッチ | 2007/10/27 17:29

「りんどうは野に咲き人を押しのけず」・・・とてもいい句ですね。
太郎校長先生は生徒一人一人にこんな素晴らしい俳句を贈ったのですか?ほかの句も聞いてみたい気持ちになりました。
こんな先生だったら今時の学校の様々な問題も起こらないでしょうね。来年孫が小学校入学なので、いい先生にめぐり合うようにと祈る思いです。
ミッチさんは積極的にPTAなどに参加するお母さんだったのでしょうね。だから当時の担任の先生のこともよく覚えていたし、赤ちゃんを預かってまでもその映画を見て欲しかったのですね。
その先生にしても、若くて心に余裕がなくて不本意な授業になったものの、いざ退職のときには後悔も含めて感情があふれ出たのでしょう。
若いということは時に残酷だと思うことがあります。この年になってみれば、あの時こうすればよかったと思うことがたくさんあります。
その時その時で一生懸命生きているんですけどね。また10年後には反省ばかりかもしれません。
話が横道にそれちゃってごめんなさい。

投稿: 花花 | 2007/11/01 16:47

★花花さんへ
私は、ずっとPTAの役員をしていましたのでどの学年でも担任との結びつきは強かったと思います。だから気軽に先生にも映画を薦めることが出来たのだと思います。長いこと良い映画を見る会という運動に関ってきたのでこの先生以外にも映画を薦めたことはあります。この「太郎先生とわらしっ子」は山形の小関先生(今は亡くなりましたが)の実践を映画にしたもので太郎先生をフランキー堺さんが演じ、私達も芋煮会のシーンにエキストラで出演したんですよ。小関校長先生は教え子一人一人にその子に適した俳句を卒業証書に書くんです。そしてそのこの印象的なシーンが出て、句を読み上げるのです。本当に一人一人をよく把握していなければ詠めません。花花さんのお孫さんもこんな素晴らしい先生や良き友達と巡り会えばいいですね。娘の担任はまだ二十代だったから悩みも多かったんでしょうね。映画に感動して辞めたいという気持ちが治まったかと思ったのですが、結果的には退職の道を選び、私としては残念だったのですが二十数年ぶりにお会いしてとても表情が和らいでいたのであの時の決断は良かったのかなとほっとしました。大切なのは一日一日の積み重ねがやがてはすべてですから日々を大切に生きていきたいですね。

投稿: ミッチ | 2007/11/01 22:32

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